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被災地リポート[Vol.27] 一歩一歩、そこには猫が

被災地リポートには何回か紹介させていただいている宮城県石巻市在住の尾形さん。
震災直後に旧北上川の土手を尾形さんのご主人が猫と散歩中、声をかけさせていただいたのが最初の出会いだ。
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(石巻支援リポート [Vol.9] 2011年10月16日)

(石巻支援リポート [Vol.9] 2011年10月16日)

以来、被災地を訪れる度に声をかけることとなった。

一緒の散歩で歩いていた猫は亡き”おっぽパタパタ”それから2年余の月日が経ち
5匹の猫たちが尾形家を出入りし、うち二匹はこの世を去っていた。
今回ご紹介するのは、”モコリ(写真)”モコリは”ちろり”という兄弟がいる
モコリ
”もこり”も震災の辛酸をくぐり抜けてきた猫の内の一匹。
「生粋の?野良さん」
モコリはちょっとやぶにらみ?!職人肌(笑)もともと野良さんで、1年かかってやっと尾形家の部屋の中でご飯食べるようになった。
でも可愛がってる尾形さんでさえ未だに手を触れさせることのない、”モコリ”は生粋の野良猫”魂”の持ち主だ。
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「人が住まなくなった街」
尾形さんの住む石巻市住吉地区も震災後の復旧工事で旧北上川沿いの新規堤防4.5メートルかさ上げ工事が決定したため、移転や立ち退きが進む地域だ。尾形さんも此処に留まるか移転すべきかまさに悩んでいる最中という。津波による甚大な被害を被ったこの住吉地区。
最近は避難施設へ移った人々の中からポツポツ元の住まいへ戻ってくる人があるものの、一方では3年を経た現在も、更地が目立ち震災前の賑わいを取り戻すには程遠い状況が見て取れる。

「猫力」
尾形さんご主人は、牡鹿半島で復活した定置網の修繕仕事に通う日々を送っている。肺がんの手術で小さくなった肺での重労働を避けるため仕事を休んでいた尾形さんのご主人。網の繕いはどうかと声をかけてくれたのは、70歳を過ぎ震災後の漁業復活をかけて頑張る定置網持ち主の武田さん([Vol.21]2013年4月)だった。
比較的大柄で立派な体躯の尾形さんのご主人、片肺での作業は思いのほか重労働、孫娘を津波で亡くすなど筆舌に尽くせぬ経験も、寡黙な忍耐の中に押し込めている。
そんな尾形さんのご主人と奥様との暮らしの中で話題を提供してくれているのが”モコリ”なのだ。
尾形家にとって猫は力であるし宝だと尾形さんご夫妻は語ってくれた。
ご主人は猫の島と言われるほど猫が多く、動物写真家によって全国的に有名になった。

*田代島出身。
猫とは人以上?!の付き合いと考えている尾形さんご夫妻。
なくなった猫の中にはご主人の肺がんを背負って逝ってくれた猫もあるとか。
それも「猫力」だったか?!尾形家には猫とは切り離すことの出来ない歴史と日常がある。
そんな猫たちと一緒に震災後少しづつ家を修復しながら暮らしを続けている。
「この街で猫と暮らし続けること」それが尾形夫妻の願いだ。

「震災は忘れた頃に」
今年2月2度にわたって、日本列島を襲った低気圧、東京は40年ぶりの大雪に見舞われるなど交通網は大混乱に陥った。
東京近県や東北地方も風雪により甚大な被害を被った。
この低気圧で三陸沿岸一体の海岸や海底が荒れ、東北大震災後やっと育ちつつあった昆布やワカメも再び大きな被害に遭った。低気圧が来るというので育ちつつあった昆布やワカメを早摘みしたものを、尾形さんから土産にと手渡された。震災の傷言えぬ間に次々と自然災害が被災地を襲っている。
そんな中貴重な資源である海山物の進呈を受けた。こちらが慰労せねばならない状況にあっての温かいもてなし、東北一体を襲った未曾有の災害から3年、被災地の人々の逞しさと心根の暖かさに感動。”次は東京(災害)だから気をつけてなんし”被災地のお年寄りから掛けられた言葉が重い。
すでに忘れ去られようとしている東日本大震災の惨劇、人間の脳はストレスを忘れることで前へと進むことが出来るメカニズム。だとしたら「天災は忘れる頃にやってくる」その諺の通り、まさに今再び、飼い主は愛する家族としてのペットと共に生きるための備えを点検すべき時なのではないかと、考えさせられた。

*田代島(たしろじま)は、宮城県石巻市に属す島。石巻港からは約15km南東に位置し三陸海岸南端を構成する牡鹿半島の先端近く、
仙台湾(石巻湾)にある。
人形劇『ひょっこりひょうたん島』のモデルとも言われ、近年は「ネコの島」やマンガの島として知られる。

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